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記:2011年2月17日(木)

大学時代の後輩がこの世を去った。

自分なりに可愛がっていた後輩だったが、卒業してからは少し疎遠になっていた。
それなりに面倒を見てきたと思うが、その分面倒を見てもらっていた。

恥ずかしい話だが、その後輩は昨年夏から闘病生活を送っていたようだったが、私がそのことを知ったのは先々週のことだった。
余命わずかと友人から聞いたので、その週末に見舞いに行った。

久々に会った後輩は元気そうで普通に会話も弾んだし、差し入れの(少し大きめの)和菓子をその場で2つも食い切るくらいの食欲があったので安心していた。
(実際には元気に見せていただけだったかもしれないが)

見舞いに行った3日後、後輩は息を引き取った。
病状が急変した際、治療をしている医師に自ら「意識レベルを下げてください」と言ったそうだ。
あいつらしいな、と思った。

ご両親への遺書が残っていて、その中には「ここまで(闘病生活)頑張ったので、死んでも泣かないで笑顔で褒めてください」と書かれていたことを笑顔で話してくださったお母さんの前で不覚にも泣いてしまった。
本当は自分が一番苦しかったはずなのに、残された人たちへの気配りができていたことに心を打たれた。

大学の同期で自殺したのが3人いる。
友人の言葉を借りて言えば、彼らは「生きるのをやめた」のだ。
しかし後輩は生きたかったけど、生きられなかったのだ。
その心中は察して余りある。
いや、この言葉こそ失礼かもしれない。
健康でいられている自分には、後輩の気持ちなど想像できようもないのだから。
ただ無念であったことは痛いほどわかるし、このことだけは忘れてはいけない気がする。

私の好きな歌の歌詞に以下の一節がある。
「命は始まった時から、ゆっくり終わっていくなんて信じない。
 僕が生きる今日は、もっと生きたかった誰かの明日かもしれないから。」

今の私には当たり前のように明日がきて、明後日がくる。
ただ仕事に忙殺されるだけの毎日ではあるが、その日その日を精一杯生きたいと改めて思う。
明日を生きられなかった後輩に恥じないように…。



見舞いの帰り際「次は3月の頭に来るからそれまで生きてろ。」と言った私に「うん、分かった。頑張る」と言ってくれた後輩の顔が忘れられない。
努めて気丈に明るく振る舞ってくれた後輩に敬意を払うと共に、安らかな冥福を祈りたいと思う。



明るく元気な奴だったから、供養と思われることは派手に楽しくやりたいと思う。
いつか仲間を集めて実家にお邪魔したいと思う。
お父さんもお母さんも優しそうな方だったから、きっと一緒に騒いでくれるではないかと思う。

自身の開幕と憧れの引退

『キャプテン翼』を読んでサッカー選手になりたかった私の7回目の誕生日プレゼントはゴムボールとプラスチックバットだった。


あれから21年。
私は今、これ以上ないくらい野球を楽しんでいる。
サッカーにはもうほとんど興味がない。
人は教育によって変わるものだと実感を持っている。

2年前に入れてもらった野球チームのリーグが今週日曜に開幕した。
約4か月も野球ができなかった私は異常にテンションが上がっていた。
結果として開幕戦と2試合目ともに負けてしまい、私も全く役に立たず情けない限りだった。
反省しきりの2試合だったが、野球できたことに満足し、そして十分に楽しんだ。

私のシーズンが始まった頃、私の憧れの選手が引退を表明した。


20年前、サッカー小僧を野球少年に変えたのは家族・親戚の洗脳教育と一人のプロ野球選手の姿だった。
「野球の神様に愛された」と言われるその選手の姿は私を魅了した。
プレー自体もさることながら、野球に対する姿勢も魅力だった。
ご多分に漏れず幼い私は彼のプレーを真似し、いつしか投手を目指すようになり、そして野球にのめり込んでいった。
ブラウン管ごしではあったが常に彼の背中を追いかけた。

今私は野球が好きで好きでたまらない。
野球ができれば3度の飯を忘れられる。
こんな私の野球の原点が彼なのだ。
私にとって特別な存在、憧れの存在。

引退インタビューでの「野球からたくさん幸せをもらった」という言葉が印象的だった。

彼の引退は本当に寂しいが、本人は納得しているという。
であるならば、最大級の賛辞と労いの言葉で見送りたい。


彼は今日、白球をそっとマウンドに置いた。
私はまだまだ白球を追い続けていく。
彼の言葉を胸に秘めて。


「大事なのは結果ではなく過程である」


選挙

日付けが変わってしまったが、今日東京都知事選の投票に行ってきた。
興味を持っていた選挙だったはずなのに、今日が投票日であることをすっかり忘れていた。
昼過ぎに起きて、洗濯機回して、ソフトバンク×日本ハム戦を観ている最中にふと思い出したのだ。
すぐさまシャワーを浴びて、着替えをして投票所へ。
私の赴いた投票所はこじんまりとした会場。
引越しばかりしているので、同じ会場へ2回投票へ行ったことがない。
その地域ごとの特徴が出ているようで見比べてみると面白い。
会場から見れば投票者はそこそこいた方だったかもしれないが、年齢層は若者から年配の方まで幅広くいたように思う。
投票を終え、その足で妹の働いているコンタクト屋へコンタクトを買いに出かけた。
所用いくつか済ませ帰宅すると、すでに結果が出ていた。

気になったのは誰が当選したのか、ということより投票率。
今回は53%強だったらしい。
これで前回より8%もアップしているというのだから驚かされる。
なんだかんだ言って結局は有権者の半分しか投票に行っていないことになる。
ふと「なんだかなぁ」と思えてくる。
これだけの投票率しか集められず、民意を公言できるのだろうか。
また、投票に行かない有権者達は自らの権利・政治への参加を放棄していることをどのように思っているのだろうか。

立候補者にしてみれば「当選してしまえばこっちのもん」という意識があるのかもしれない。
他の誰よりも票を集めたのだから「民意」という言葉を使っても問題ないのかも知れない。
投票率の低さを「有権者が勝手に権利を放棄しているだけ」という認識でいるかもしれない。
でも私の中では違和感が消えない。

そして投票を放棄した有権者達。
今のご時勢に不満はたっぷりあるはずなのに、唯一の抵抗手段を放棄してしまっている。
飲み屋で、または公園で政治家批判をするだけで、結局のところ何もしていない。
結局投票しても何も変わらない、という「あきらめ」という感情に負けてしまっているのだろう。
不可能な話だとは思うが、今回投票しなかった47%弱の有権者が結託して投票を行うようなことができれば選挙結果は変えられた。
それだけ大きな力を持っているはずなのである。

選挙を通して改めて感じることだが、立候補者(政治家)側と民衆との間に大きな隔たりがある。
私見ではあるが、選挙の立候補者や現在の政治家達にはオリンピック開催だとか、北朝鮮との外交だとか考える前に、如何にしたら我々有権者一人ひとりが政治に参加していることを実感できるようになるかを考えて欲しい。
この実感が湧かなければ政治への関心も湧かない。
そして有権者側も少しは政治について自分なりの見解を持つことをしてみるべきだと思う。
両者がこれまで通りの平行線を辿っていたら絶対に交わらない。
お互いが少しでもお互いの方へ角度を変えれば、いつかどこかで交われるはず。
そうすれば今よりはずっとましな政治と生活が迎えられるのではないだろうか。

今日の選挙でそんなことを考えた。


2007野球日誌 ~祝開幕~

やってまいりました、今季開幕戦(3/17)。
プロ野球パ・リーグより一週間早い開幕です。
私の所属している野球チームのリーグ戦です。
この日をずっと心待ちにしてました。
少し前から走り始めるなど、自分なりに調整してきました。

開幕戦にしてダブルヘッダーという幸せな日程もあって、かなり心躍ってました。
試合は
第1試合 11-3
第2試合 6-1
で、2連勝。チームとしては幸先の良いスタートを切りました。

で、自分は…
6番セカンド(2試合)で出場の…6打数ノーヒット。(1四球・1盗塁)
ほとんどの打席がチャンスで回ってきていたのに…大ブレーキ。
猛省。
チームが勝てたからまだ落ち着いていられますが、これで負けていたらもっと深刻に悩んでいたでしょう。
いや、今の状況でももっと悩まなきゃいけないのですが…。
今回は2試合ともまったくタイミングが合いませんでした。
自分のスイングができていたかも微妙。
試合中に構えを変えるなどしてみましたが、まったく意味なし。
自信がなくなりかけています。
守備では1失策あったものの、それ以外は無難にこなせていたと思います。

個人的にはまったく納得のいかない試合でした。
が、それでも楽しかったことには変わりなく、やっぱり野球はいいなぁと改めて実感しました。
やっぱり野球は観るものではなく、やるものです。


3月9日

日々の、流れる時間の中で、文字通り忙殺されるその中で、ふと感じた瞬間があった。

自分が自分として、自分の意思によって生きていることを実感する瞬間がある。
でもそれ以上に、人よって生かされている、人に生かしてもらっていることを感じる瞬間がある。

それは人に優しくされたとき。
それは人の優しさに触れたとき。

自分が大変な過ちを犯したにも関わらず、相手が何でもなかったようにスッと受け止めてくれた瞬間、
後悔と反省の念に押しつぶされそうだった自分が救われる。

何でもないようなことができずに一人でもがいているとき、誰かがさりげなく手を差し伸べてくれた瞬間、
もどかしさと嫌悪感にさえぎられていた目の前が明るくなる。

ああ、僕はこの人によって生かされたから今こうしていられるんだなぁ。 と思う。

そう思える相手が増えれば増えるほど、謙虚に生きていけるんだと思う。
そして人に優しくなれるんだと思う。

いつか自分も誰かにそう思われるように…。

そして今この瞬間も、たくさんの人に感謝の気持ちを忘れないように…。


新年明け過ぎましたが…

気が付けば年が明けて2007年に入ってしまいました。
大晦日は実家でゴロゴロしてたわけですが、近年どうも年明けの実感が沸かない。
あくまで昨日の続き、という感覚のほうが強い。
自分の中では何も変わらず、今日という日があるだけである。

ただ、年明け(お正月)にはイベントがいくつか在って、それが私に新年を実感させてくれる。
その中の一つに年賀状がある。
昨年辺りからようやくこの年賀状に対する意識が変わってきた。
少しだけまじめに書くようになった。
社会人になって、学生時代の友達やこれまでお世話になった人に年に一回近況を伝えるための挨拶状だという認識がようやく理解できるようになった。
学生時代はサークルの友達をはじめ、周りの人に会いたいときに会えた。
だから改まった新年の挨拶などしなくても良いと思っていた。年明けすぐに会えるのだから。
でも今は違う。
会いたくても会えないことの方が圧倒的に多い。
だから年賀状で、今自分が元気であること、今していることを伝えなければいけないんだと思った。

本来なら、全ての人に伝えたいのだけど、そうもいかないので、せめてこの文章を読んでくださっている方々にこの場を借りてご挨拶したいと思います。

『新年明けましておめでとうございます。
 なかなかお会いできない方も多々いらっしゃるかと思いますが、中島はお陰様で元気です。
 今年もこれまで同様に自分らしく邁進していきます。
 どうぞ、これまで同様に今年もよろしくお願い致します。m(_ _)m』

そして、年賀状以外に私に新年を実感させてくれるイベントとして。
<箱根駅伝>
毎年後輩と朝の大手町までスタートの応援に行っていたが、今年はその後輩の都合が悪かったので、スタート応援は諦めテレビで観戦。
今年は2区竹澤と3区藤森がよく頑張って、昨年からの大躍進となる6位でゴール。
5年ぶりのシード権獲得。いやぁ、ここまでよく待った。
正直3位に食い込んで欲しかったが、今年はここまで良しとしよう。
藤森が抜ける来年は竹澤の他にもう一人期待できる選手が欲しいところ。
いい加減「古豪」という言葉を払拭していただきたい。我が母校にはいつでも王者であって欲しい。

<ラグビー大学選手権準決勝>
今シーズンも我が母校は順調に勝ち上がってくれたので、この日に観戦ができた。(お陰で正月はあまり実家にいない)
相手は京都産業大学。
前半は先制点を取られ、なかなか攻め切れなかった。しかし逆転して後半へ。
後半始まって10分でトライの嵐。一気に点差をつけて、終わってみれば55‐12の快勝!
これまでの試合を観ていて、昨年までの勢いはないと思っていたけど、そんなことはない。
来週末にはきっと史上2校目となる3連覇を達成してくれるに違いない。

そんなこんなしているうちに正月3が日が終わってしまった。
きっとこんな感じで1月が終わり、2月も終わるのだろう。
そして気がつけば、あっという間に2007年も終わっていく。
その「あっという間」にいったい何ができるのだろう。
来年の今日、2007年を振り返って、「何かあったけなぁ」とだけは言わないように、今年一年形ある前進をしたい。
それが今年の目標。


クリスマスってやつは…

この聖なる夜はクリスマス難民に本当に冷たい。

引き篭もりを決め込んで、やり過ごそうとしたのに…。
自宅でmixiなんぞ開いてみたら、のろけ話の日記が満載。

はぁ。
ントにこの日は…。
難民に引き篭もりすら許さないのか…。

できることとは寝ることだけか。
神は全ての人間に平等ではなかったのか。
全ての人間に愛をくれるのではなかったのか。
なにがCristだ!

ま、実家は曹洞宗だけどさ…。


野球ネタ徒然

少し前から書きたいと思っていたことがあった。
その内暇な時間ができたら書こうと思っていたが、最近は仕事も忙しくなって、全然時間が作れなかった。
やっと暇な時間ができたらと思ったら、まさかこの日になろうとは…。
そこは自分らしくて良いのかな、とも思う。

やっぱり書きたいことというのは野球の話。
今シーズンの各球団の戦力外選手リストを見ると、若い選手が多いことが目に付く。
特に横浜は、村西(25)・田中一(25)・森(24)など、ドラフト前はそれぞれ甲子園や社会人リーグで活躍し、各々ドラフト上位や自由獲得枠などで入団したはずだった。
更には東京6大学リーグでシーズン打率の記録保持者の喜多(26・ロッテ)も戦力外になっていた。
今更いうことでもないが、やはりプロの世界というのは厳しいということが分かる。
そして、プロの世界に適合できる選手とそうでない選手がいることも分かる。
アマチュアでは最高の成績を残しても、プロで伸びない。
逆に、アマチュアの世界ではあまりパッとしなかったが、プロで大きく成長する選手もいる。
本当によく分からない。

他の選手にも目を向けると、入団2年目、3年目の選手も多い。
特にソフトバンクの定岡はまだ20歳である。
球団はどこを見て獲得したのだろう。
そしてまだ2年目で20歳の選手を、なぜそんなに簡単に手放したのだろう。
不思議で仕様がない。
今シーズンは定岡だけでなく、まだ他にも同じような選手がいた。

人間のことを見ているわけだから、確実な見方があろうはずがないことはわかっている。
でも、獲得した選手に対してもう少し責任を持ってもいいのではないか、と思う。
定岡にしては大卒の年齢にも達していない。
今後どうなるか誰にも分からないはずなのに、そんな簡単に切ってしまえるものなのか。
もう少し長い目で見られないものか。

また、逆に目がでないまま10年も在籍している選手がいるのもまた事実。
広島の嶋は10年目にやっと芽が出たと思ったら、そのまま首位打者を獲ってしまい、今では主力選手の一人だ。
こういった選手がいる中で球団が「待てる選手」、「待てない選手」をどう判断しているのか、非常に不思議だし、是非知りたい。

少し話は変わるが、今回のドラフトで指名球団を断った選手がいる。
これもよく理解できない。
行きたい球団があるのは分かるが、プロ野球選手として何の実績も残していない選手がそんなことを平気で言えることが信じられない。
しかもその実績のない選手に振り向いてもらおうといろいろ画策し、振り回されている球団もどうかと思う。
お金や労力つぎ込んで獲得しても、結果を出せない選手はたくさんいたはずなのに、未だ変わらずに同じことを繰り返している。
自分の球団に入団したい、という選手だけを一所懸命育成してスター選手や一流選手にすればいいのではないか。
多少アマチュアの世界で実績を残したからといって天狗になっている選手にはもう少し謙虚さを持ってもらいたい。
そして、獲得する側の球団にはプロ野球チームとしてのプライドをもっと持ってもらいたい。

まぁ、もともと育てる気もないのに育成選手7人も獲っている某在京球団は論外であるが。


ふがいないや

一度傾いてしまった流れを止めることができなかった。
絶好の場面で流れを呼び込むことができなかった。
全て自分の無力さゆえに。

所属する野球チームの今季最終戦。
リーグ上位4チームによるプレーオフ。
自分の所属するチームは1勝1敗で、3位として今季を終えた。
普段はただ野球を楽しんでいるだけだったが、今日は違った。
負けた試合がもの凄く悔しかった。

それは第一試合でのこと。
この試合は6番キャッチャーとして先発出場。
前半はなかなか点が入らない締まった試合。
中盤に先制点をあげるも、その2イニング後に一つの誤審をきっかけに流れが変わった。
2アウトからいないはずのランナーを背負い、集中打が始まった。
一挙4点を取られる悪夢のようなイニング。
自分は捕手として、この流れを止めることができなかった。
マウンドで投手を励ますことも、配球を変えて打者の的を外すこともできなかった。
追い込んだ後のボールを簡単に打たれ、ランナーには簡単に盗塁を許してしまう始末。
リードが単調だった証拠だし、スローイングも未熟だった。
自分にもっと力があれば、この流れを止められたかもしれない。
捕手として自分がやらなければならなかったことだと思う。
そう思ったら、悔しくてしようがなかった。
野球をやっていて、ここまで悔しかったのは恐らく初めてだったと思う。

結局打撃の方も何もできずに終わってしまった。
終盤、2アウト2,3塁で打順が回ってきたが、フルカウントで最後の一球を打ち上げてしまった。
ふがいない。
チームに対して何も貢献できなかったことがこんなに悔しいと知らなかった。
そして、自分が出場するためにベンチに控えた先輩方にも申し訳なくて仕方がなかった。

もうこんな思いはしたくない、もっともっと練習してもっと上手くなりたい。

今シーズンの個人成績
14打数4安打 .285 4打点 1盗塁


越えられない壁

今日は会社の担当者同士の会議があった。
普段は別々の職場で働いている先輩方とお話できる貴重な場である。

その会議中はいいとして、会議終了後に何名かで集まって飲みに行った。
そこでいろんな話をさせていただき、そしていろんな話を聞かせていただいた。
そして痛烈に感じたのは、その場にいた先輩方の偉大さだった。

自分もそれなりに努力しているつもりだったが、先輩方はそのずっと先を行っていた。
自分が一歩先に進めば、先輩方は二歩、三歩先に進まれるのだろう。

自分の限界を決めるつもりは全くない。
が、それでも自分には目標にすべきものがあまりに大きく感じた。
「なんて大きな人たちだろう」
追いつき、追い越したいと思っていたが、なんとなく自信がなくなってしまった。

これから先、これをモチベーションに変えて精進できるかどうかが自分の器のような気がした。


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